ガラクタのカタログ

イギリス版ドクターイエロー


日本の新幹線では、軌道(線路)・架線・信号の状況を高速運転しながら検測する車両があり、中でもドクターイエローが特に有名です。イギリスにもNew Measurement Train(以下NMT)、通称Flying Bananaという似たような車両があり、2003年に運用を開始しました。2022年でも脱線事故が頻発するなど、今なお安全性が低いイギリスの鉄道ですが、国鉄分割民営化直後の1990年代後半からは整備不良による死亡事故が続出していました。中でも、2000年にロンドン近郊で発生したHatfield脱線事故では、金属疲労により破断したレールの上を通過したインターシティ列車が脱線大破し、4人の死者と70人以上の重軽傷者を出しました。この事態を受けて、余剰となっていたインターシティ125を改造して誕生したのがこのNMTで、線路などの設備の保守点検を担うNetwork Rail社が運行しています。

初期にはマーク2客車を組み込んでいたこともありましたが、現在は下記の客車5両で構成され、両端にクラス43ディーゼル機関車を繋げた7両編成となっています。最高速度は営業列車時代と同じ時速200キロで、電化・非電化を問わずブリテン島のほぼ全域で使用されていますが、規格の低い一部の支線には入線出来ず、別の検測車両を使用しています。また、先頭の動力車は時折差し替えられており、バナナの愛称に反して黄色に統一されていないことも多々あります。

私は偶然にも黄色統一編成を目の前で見る機会に恵まれましたので、形式写真風に撮ったものと併せて各車両をごく簡単にご紹介します。私が立っていたホーム上の障害物等の都合で、正当なセオリーに則った編成写真ではないですが、その辺はご容赦ください。参考文献はRobert Pritchard and Peter Hall, British Railways Locomotives & Coaching Stock 2019 (Platform 5 Publishing, 2019) です。


Flying Banana
車両番号:43062 John Armitt
形式:クラス43
用途:動力車
製造年:1977年


お馴染みのインターシティ125の先頭車で、前面窓の下部にはセンサーが取り付けられており、しかもよく見るとワイパーも設置されています。サフォーク州の原子力発電所や英仏海峡トンネルのプロジェクトに携わり、2018年から国家インフラ委員会会長を務めるJohn Alexander Armitt氏の名を冠しています。


Flying Banana
車両番号:977995
形式:マーク3
用途:電源車
製造年:1979年


窓の配置から分かるように、元々は食堂車から改造されました。編成全体へ電源を供給するべく発電機を搭載しているほか、職員の休憩スペースも設けられています。


Flying Banana
車両番号:975814
形式:クラス252
用途:会議室車
製造年:1972年


こちらは元々インターシティ125の試作車であるクラス252で、1等客車から改造されましたが、窓の多くは埋め込まれています。Conference Coachと書かれており、ここではプロジェクターを用いてプレゼンテーションをすることもあるようです。


Flying Banana
車両番号:977993
形式:マーク3
用途:架線検測車
製造年:1982年


手前側の屋根が一段低くなっているのが特徴的。この日は収納されていましたが、ここにパンタグラフとセンサーやカメラが搭載されており、架線の状態を監視しています。この写真でも、いかにもそれらしい機械やパソコンの画面が窓を通して見えています。


Flying Banana
車両番号:977994
形式:マーク3
用途:軌道検測車
製造年:1982年


床下に灯りが点いている車両は2つありましたが、こちらの方でレールの状況を監視しているようです。ちなみに、元々NMTの開発に当たっては、検測から48時間以内に保線作業員に最新のデータを渡すことを究極的な目標とされました。


Flying Banana
車両番号:975984
形式:クラス252
用途:講義室車
製造年:1972年


こちらはLecture Coachと書かれており、正直なところ先のConference Coachとの違いが今一つ分かりません。こちらも試作車クラス252からの改造車で、窓の配置から分かる通り食堂車(正確にはビュッフェ車)でした。なお、ここまで挙げた5両の客用扉は、いずれも手で開ける「スラムドア」で、今や貴重な存在でもあります。


Flying Banana
車両番号:43013 Mark Carne CBE
形式:クラス43
用途:動力車
製造年:1976年


反対側の先頭車とよく似ていますが、前照灯の下に緩衝器が取り付けられているのが目を引きます。この車両は、石油大手シェルの副社長やNetwork Rail社の最高経営責任者を歴任したMark Carne氏の名を冠しています。
ちなみに、NMTによる検測業務を担う動力車は5両あり、うち3両がこの黄色一色となっています。


イギリスの列車では珍しくもない話ですが、この編成も頻繁に進行方向を変えるため、どちらが先頭になるかはその日によって一定していません。非営業用車両のため運行は不定期で、運用範囲は非常に広いのですが、意外に見る機会は多い印象でした。不定期とは言いながらも一定の間隔で各線を走行しますので、興味のある方はインターネットで業務用時刻表などを入手して探してみるのも楽しいでしょう。

NMTはいずれも非常に古い車両で、全国的にはインターシティ125自体もかなり数を減らしていますが、今のところ引退の噂は聞こえていません。まだ当分は全国を走り回る姿が見られそうです。



(2022.6.17作成)