オーバーグラウンドの通勤電車
地下鉄のUndergroundと対を成すOvergroundは、その名の通り地上を走る通勤電車。基本的に都心から少し離れた部分を走っており、運賃体系は地下鉄と一体化しています。また、一部はナショナルレールも走る複々線区間の緩行線部分を担っており、実質的に中央線のオレンジと黄色い電車のような関係になっています。数え方にもよりますが、現在は以下の通り8路線113駅あり、一部区間では延伸工事も行なわれています。但し、基本的に各系統15分間隔と本数は少なめで、あまり便利とは言えないことも。また、地名を見れば分かる通り、観光客には縁のない駅がほとんどであり、治安の良くない地域も多く含まれます。
1997年の国鉄民営化後はSilverlink社によって運行されていたこのネットワークですが、国鉄は潜在的な需要を掘り起こすための投資を渋っていたため、利便性が今以上に悪くて乗客が少なく、治安が悪化するという悪循環を辿っていました。ごく一部を除けば沿線も駅も寂れており、荒廃している区間も珍しくありませんでした。そんな通勤路線をロンドン交通局が引き継ぎ、2007年にOvergroundは開業しました。廃線跡も含めた大規模な改良工事と、地下鉄を含めた路線の再編などにより、徐々に近代化や延伸が進み、乗客は大幅に増えて治安も改善しました。
写真は2002年に撮影した、Silverlink時代のクラス150気動車及びクラス321電車です。
East London Line
Highbury & Islington~New Cross、Crystal Palace、West Croydon。元々は同名の地下鉄路線を2007年に閉鎖、改編して2010年から運行再開。Peckham RyeからSouth London線に乗り入れる列車も多く設定されています。
South London Line
Clapham Junction~Peckham Rye。ほとんどの列車はEast London Lineに直通してDalston Junction発着となっています。他に、Wandsworth RoadからBattersea Parkまで1駅だけを結ぶ列車が、早朝深夜各1往復のみ設定されていますが、知名度は低く路線図にも載っていない始末。
West London Line
Clapham Junction~Willesden Junction。但し大半の列車はWillesdenからNorth London Lineに直通してStratfordまで足を伸ばします。Clapham JunctionではSouth London Lineの列車と縦に並びますが、両線を直通する列車は設定されていません。
North London Line
Richmond~Stratford。西半分と東半分でかなり客層が変わる印象で、前者については世界遺産Kew Gardensを通るので観光客の利用もゼロではなさそう。路線図では都心の縁を半周しており、強いて言うなら東京における武蔵野線。Richmondから2駅は地下鉄District線との共用区間です。
Watford DC Line
EustonからWatford Junctionまでを結び、途中のQueen's Park~Harrow & Wealdstoneは地下鉄Bakerloo線との共用区間。DCと付く通り直流区間で、流れている電気を路線名に付けるのはちょっと斬新に感じます。以上5路線は基本的に直流750V。
Gospel Oak to Barking Line
Gospel Oak~Barking Riversideを結び、頭文字を取って通称GOBLIN。2019年に電化工事が完了するまで、Overground唯一の非電化区間でした。2022年にBarkingからテムズ川方面へ1駅延伸し、現時点では一番新しい駅となっています。
Lea Valley Lines
Liverpool Street~Chingford、Cheshunt、Enfield Town。複数形のsが路線名に付いている通り、ここは細かく3系統に分かれています。
Romford-Upminster Line
RomfordとUpminsterを結ぶ3駅だけの短距離路線。他のOvergroundの路線から独立しており、1本の電車が30分間隔でピストン往復する様子は完全にローカル線。
運行開始直後は国鉄時代の電車及び気動車が多数走っていましたが、2020年までに全て置き換えられ、現在はクラス378及び710電車に統一されました。ここでは、Overgroundを支える新車たちと、最後まで残った吊り掛け駆動の旧型電車を中心にまとめてみました。
現在の車両
クラス378
Overgroundの主力はクラス378電車で、2008-11年に投入されました。イギリスではやや珍しいオールロングシートで、当初は座席の質が低いと乗客から不満が上がったようですが、今ではすっかり定着したようです。登場当時は3両編成でしたが、順次中間車両が増備され、現在は5両編成で運転されています。集電方式については番台によって違いがあり、交直両用と直流専用(集電靴)の2種類があります。
クラス378は、Lea Valley Lines及びRomford-Upminster Lineを除く全路線で営業運転に投入されました。Gospel Oak to Barking Lineでも、電化工事完了直後の一時期だけ、車両不足を補うべく4両編成に短縮されて運用されたことがあります。
2018年からは、後述のクラス710電車に準拠したリフレッシュ工事が施されており、黒を基調とするカラーリングへの塗り替えが進んでいます。
クラス710
2019年に営業運転を開始した最新鋭のクラス710電車。Gospel Oak to Barking Lineの電化工事完成に合わせてデビューするはずが調整に手間取り、同線は数カ月間大幅な減便を余儀なくされるという大失態。しかし何とかそれを乗り越え、Watford DC Lineの輸送力増強やLea Valley Linesの旧型車両を置き換えるためにも投入されました。基本的には4両編成ですが、Watford DC Lineでは5両編成も運行中。クラス378とは異なり、交直両用と交流専用(パンタグラフ)のグループがあります。
過去の車両
クラス172
2010年に製造された近距離用気動車で、Gospel Oak to Barking Lineで使用されていました。Overgroundでは最後の気動車として2019年まで活躍し、電化工事の完了に合わせてミッドランド地方へ転出しました。
クラス315
1980-81年に投入された国鉄電車で、Lea Valley LinesとRomford-Upminster Lineで運用されていました。2010年代半ばには、カーディフ近郊の電化工事完成に合わせて転出する計画もありましたが、工事の大幅な遅れにより頓挫。クラス710電車に置き換えられ、Overground所属車は2020年に全廃されました。
ちなみに、最末期の2019年にはTfL Railから1本転用された編成がおり、異彩を放っていました(こちら)。
First Great Eastern所属時代に、4本が更新工事に合わせて前面のデザインを変更しましたが、あまり見栄えのする顔ではありませんでした。末期はこの4本全てがOvergroundで運用に就いていました。
クラス317
1981-87年に投入された国鉄電車で、こちらもLea Valley LinesとRomford-Upminster Lineで運用されていました。317形はGreater Anglia社もケンブリッジ方面への中距離列車に使用していましたが、Overgroundの車両はいずれも初期に投入されたグループでした。クラス710の投入により、2020年までに全車が運用を退きました。
一部は元Stansted Express用の更新車で、前面のデザインが全く異なっていました。こちらも2020年に引退しています。なお、一部編成は車両不足を補うべく、Greater Anglia社で繋ぎとして使用されたこともあります。
この他にも、発足当初はクラス150気動車、クラス313電車、クラス321電車及びクラス508電車も使用されていました。
(2021.4.16作成、2023.2.2更新)