大動脈観察その4―High Speed 1
意外に思われる方も多そうですが、イギリスには高速鉄道路線が1つしかありません。それがこのChannel Tunnel Rail Link (CTRL)、通称High Speed 1 (HS1)です。何とも芸の無いネーミングセンスですが、イギリスは日本と違って在来線と新幹線の区別が基本的に無く、普通列車と高速列車が並走しています。もっとも、イギリスの「高速列車」は基本的に最高速度200キロで、日本の新幹線には遠く及びません。
そんなイギリスでも、高速鉄道路線の必要性は認識されており、2007年にロンドンからSt. Pancrasから英仏海峡トンネルまでが開通。最高速度が時速300キロに設定され、ユーロスターを中心に大幅な所要時間の短縮を達成しました。
国際列車
世界中に数ある国際列車の中でも抜群の知名度を誇るユーロスターは、ロンドンとパリ及びブリュッセル、更にはアムステルダムを結んでいます。日本の新幹線に似ていますが、本数はかなり控えめで、曜日や季節によっても大きく変動します。この他に、両国間を行き来する貨物列車の設定もあります。
最先端のクラス374電車、通称Eurostar e320。2011-18年に16両編成17本が製造され、現在のユーロスターの主力となっています。製造はシーメンスで、アルストムが受注を逃したことについてフランス国内で反発があり、一時期国際問題に発展しました。1編成当たりの長さは390メートルあまりで、東海道新幹線のN700系に比べるとちょっと短くなっています。最高速度は時速320キロで、愛称にも表れています。
ユーロスターの初代車両、クラス373電車(フランスではTGV TMST)。1992-96年に製造され、2両の動力車の間に18両の客車を挟んでおり、客車の方は連接台車で繋がっています。20両編成の全長は390メートル弱と若干短めですが、それでもかなりの迫力です。こちらはクラス374の登場に合わせてリニューアル工事を施したもので、塗装が青くなっています(更新車の通称はEurostar e300)。現在は脇役に回り、8編成がユーロスター営業運転に就いています。
こちらは旧塗装のクラス373(営業中の写真は良いものが手元に無かったので、博物館での1枚です)。こう見えて最高速度は時速300キロだったのですが、イギリスではHS1開業まで在来線を走行していたため、その性能を発揮出来ない日々が続いていました。クラス374の登場により相当数が置き換えられ、一部は英仏両国の他線に転用されましたが、イギリスではその特殊性からほとんど活躍出来ずに終わりました。この塗装は2020年までに消滅し、現役の姿を見ることは出来ません。
国内線列車
St. PancrasからAshford Internationalまでの90キロは、Southeastern社のクラス395電車も運行されています。Ashfordからは在来線に入って、Dover、Sandwich、Ramsgate、Margate、Canterburyなどの南東部へ足を伸ばします。この系統はケント州をぐるっと大きく一周する循環列車も少なくありません。カンタベリーなどの観光地に向かう日本人にも多く利用されているようですが、在来線とは運賃体系が異なるのでちょっと注意が必要です。
ちなみにクラス395の最高速度はユーロスターを除くとイギリス最速ですが、それでも時速225キロとかなり控えめ。足の速さが違う列車が混在すると、追いついたり追い抜いたり大変そうですが、HS1の距離が短く本数も少ないこともあってか、2000年代後半までの山陽新幹線ほど大きな問題にはなっていないようです。
HS1の開業による時間短縮効果は大きく、例えばAshfordからロンドンへの所要時間が80分前後から30分余りに短縮され、完全に通勤圏に入りました。ケントにあるその他の町からの所要時間も、同様に1時間程度短縮されましたので、観光業への恩恵も小さくないでしょう。Ashfordからロンドンまでは、朝夕を中心に2本繋げた12両編成で運行されています。
ロンドンからやって来た列車はAshfordから在来線に入ります。HS1と並行して走っていますが、向こうは交流電化の高速鉄道路線に対して、こちらは直流電化で最高速度は時速160キロ。ここから先はちょっとしたローカル特急の様相を呈してきます。もし日本でもJRの線路幅がどこも同じだったら、ミニ新幹線なんて面倒くさいことをせずとも、こんな風に高速鉄道の車両が地方都市を走る姿が見られたかもしれませんね。
(2021.12.17作成)