ガラクタのカタログ

遅延と運休の嘆き歌

目次


はじめに

Delayed/Cancelled

「英国の鉄道は時間通りに走らない」というのは、今も昔も常識です。それも「数分の遅れなら定刻と見なす」という生易しいものではなく、大幅な遅延や突然の運休が常態化しており、信じ難い理由が示されることも珍しくはありません。これは、大英帝国絶頂期の遺物を今なお使い続けることによる老朽化と立ち遅れた近代化、国鉄民営化の大失敗はもちろんのこと、慢性的な労使対立や移民政策など、数多くの要因が複雑に絡み合った結果生じたものと言えます。



Delayed/Cancelled

行先案内や到着案内を見てみると、発着時刻の他に"Expected"や"Due"といった欄がありますが、これは「見込み」を示しています。西日本の一部地域などを除き、日本ではまず見られない項目ですね。"On time"であれば定刻でひとまず安心出来ますが、遅れた場合は発着予想時刻が表示され、遅延時分が確定していない場合は"Delayed"と表示されます。そして、運休あるいは途中駅通過の手配が取られた場合は"Cancelled"となります。そう…途中駅を通過扱いにして回復運転(遅れを取り戻す)という暴挙も、この国では全く珍しくないのです。



いくら時間に余裕を見ていても、遅延・運休が生じるとスケジュールに大きな影響が出てしまいます。返金制度もありますが、手続きが滞りなく進むことは多くなく、時にメールや電話で問い合わせをしなければならないことも。日本とは大きく異なる杜撰な対応にストレスを覚えることも少なくありません。「ヨーロッパで最も信頼性が低い」というのは、あながち間違っていないのです。

ここでは、私が僅か1年足らずの間に遭遇した遅延・運休と返金を巡る騒動の記録を紹介します。なお、これ以外にも運転見合わせ等のトラブルに見舞われたことは数知れずありますが、返金に至らなかったものについては割愛しました。


遅延・運休事由

よく目にする遅延・運休の言い訳としては、主に次のようなものが挙げられます。世界中でお馴染みのものから、日本ではまず耳にしないものまで様々です。

線路内人立入、人身事故

これは日本でもしばしば遭遇するもので、近年はロンドンなどの大都市を中心に飛び込み自殺が増加傾向にあります。もっとも、この国では人身事故で電車が止まると、運転再開に数時間を要することも少なくなく、関係ないはずの別の路線まで影響を受けることも。英語ではそれぞれ"due to a trespasser on track"、"due to a person being hit by a train..."などと表現されます。

急病人救護

これも日本で時折耳にする内容で、"due to a person being taken ill..."と言われますが、急病人1人のために何故か2-3時間電車が止まることも。ちなみにイギリスにおいてillという単語を「重病」と解するのは誤りで、アメリカ英語とはニュアンスが異なります。

設備故障・車両故障

信号故障、ポイント故障、架線故障などなど、この手のトラブルは結構頻繁に発生します。夏場は猛暑により運行不能となる事例が続出しますので、最高気温が30℃を超える日は覚悟しておきましょう。
また、車両故障も頻繁に発生します。"train fault"やら"broken-down train"やら、酷い時は数日~数週間にわたって影響を及ぼすこともあり、その場合は「車両不足」へと繋がります。

車両不足

この国では「予備」という発想があまりありません。故障や検査等が重なると使える車両がなくなり、"due to more trains than usual needing repairs at the same time..."というふざけた案内が入ることがあります。
また、新車の調整が進まない中で旧型車両を他社へ転出させてしまい、手元に何も残らないという救いようのない事例もあります。"lack of available train"というのは誇張ではないのです。

乗務員不足

「日本でも京急で時々聞くじゃないか」って?いやいや、とんでもない。京急なら「乗務員手配」で遅れるとしてもせいぜい数分ですが、イギリスでは"this trains is delayed by 20 minutes due to waiting for a train crew member"なんてザラです。そして、結構な確率で"cancelled due to a train crew member being unavailable"となります。
そもそも出勤してこなくて手配不能の場合は、"cancelled due to a shortage of train drivers"ということになります。ここでも「予備」の概念が存在しないことが響いていますね。

脱線事故

実は珍しくない脱線事故。死傷者が発生するほど大きなものは稀ですが、脱線事故自体は恐らく日本よりずっと頻繁に起きています。事故が起きてから復旧するまでやたら日数を要するのは言うまでもありません。

混雑

これ自体は日本でも日常茶飯事ですが、イギリスの混雑遅延は何が頭に来るかというと、「鉄道会社の都合のくせに、乗客に責任転嫁してくること」です。"cancelled due to overcrowding, as the train is shorter than normal"って、何故我々のせいにするのか。


返金制度

遅延又は運休の際には返金を要求することができ、大抵はDelay Repayという制度を用いることが出来ます。多くの場合は、30分以上の遅延なら片道運賃の50%か往復運賃の25%、60分以上の遅延なら片道運賃の全額か往復運賃の50%、120分以上の遅延なら往復運賃の全額が返ってきます。なお、運休の場合は後続列車に乗ったと見なして、本来の到着時刻との差で計算されます。Delay Repayでなくても、鉄道会社はそれに準じた返金制度を用意していることがありますので、ぜひ一部でも取り戻しましょう。

大事なのは、事前に何と説明されていたとしても、会社側から返金を申し出ることはないのであって、必ず乗客の方からクレームを付けなければならないということです。鉄道会社のサイトから、切符の写真と共に券面の番号や乗車区間・時刻等を入力して請求するのが一般的。「x営業日以内にお返しします」というのは、あまりあてになりません。

オイスターカードでも返金を受けることが出来ますが、地下鉄における遅延の場合は期待しない方が良いでしょう。


実例

1. Delay Repayのお試し

SWR
発生日:2019.1.4
遭遇駅:Clapham Junction
運行会社:South Western Railway
遅延時分:運休(ポイント故障)
返金日:2019.1.18
返金額:£1.09(クーポン郵送)


定時運行率の低さに定評がある南部方面の会社の1つ。大した金額ではないものの、せっかくなのでDelay Repayを試してみることに。しかし、「後続列車に乗った」と見なされ15-29分の遅れで処理され、片道運賃の25%しか返してもらえませんでした。当該「後続列車」の遅れを加味すると明らかに30分以上の遅延だったのですが、更に£1を勝ち取るために電話を掛ける気にはなりませんでした。



2. 寒さに震えながら

発生日:2019.2.11
遭遇駅:Liverpool Street
運行会社:Greater Anglia
遅延時分:36分(車両故障)
返金日:2019.2.18
返金額:£9.40(口座振込)


本格的な遅延に当たったのはこれが初めて。せっかく早起きして駅に行ってみれば、発車時刻になっても情報が出てこないといういつものパターン。1本前の列車は運休になっており、1本後ろの列車に乗りたい乗客は既に集まり始めていたため、ざっと本来の3倍の人数による熾烈な席取り合戦を生き抜く必要がありました。鉄道会社側は返金を免れるべく、途中駅を幾つも通過させて遅れを取り戻そうと足掻きましたが、結局30分の壁は破れず。返金額は往復運賃の25%で、僅か1週間で入金されたのは上出来と言えましょう。



3. 寝台特急バス代行

代行バス
発生日:2019.6.13
遭遇駅:Euston
運行会社:Caledonian Sleeper
遅延時分:運休(車両不足)
返金日:2019.7.19
返金額:£116.50(口座振込)


エディンバラ旅行の初っ端から大きく鼻をへし折られた事件。この数日前に新鋭マーク5客車が故障し、旧型の予備を出すこともせずに運休となってしまい、前代未聞のバス代行。カーテンとトイレが無く、短距離用の小さな座席に詰め込まれて走ること9時間半。道中は運転手が爆音で音楽を流し、苦情を言う年配男性に「誰がハンドル握っているか分かっているのか?」と恫喝する始末。
返金処理も難航しました。「こちらからご連絡致します」という会社側のメールを信じず、すぐに返金を請求しましたが、1ヶ月経ってもなしのつぶて。3回電話を掛け、最後には電話口で怒鳴り散らしてみたところ、その半日後にお金が返ってきました(やれば出来るじゃん、じゃあ最初からやれよ)。
もちろん全額が返金され、実質的にタダでロンドンからエディンバラまで行けたことになりますが、睡眠時間ゼロで全く割に合いませんでした。まあ一生ネタに出来る話を手に入れたと思うしかありませんね(笑)



4. 病人1人に何時間?

発生日:2019.8.5
遭遇駅:Cambridge
運行会社:Great Northern
遅延時分:運休(急病人救護)
返金日:2019.8.23
返金額:£4.20(口座振込)


日本でもよくある急病人救護と思いきや、昼過ぎに発生して夕方6時近くになっても運転見合わせ。救急車を呼ぶのに手間がかかるような土地ではないし、別に事件性があるわけではないみたいだし、もし車内が汚れたならその車両をさっさと回送させれば良いだろうに、本線を数時間塞がれてしまいました。結局King's CrossではなくLiverpool Streetから帰ることになり、返金額は往復運賃の25%でしたが、何とも釈然としない一日でした。



5. さっさと教えろ!

発生日:2019.8.27
遭遇駅:Apsley
運行会社:London North
Western Railway
遅延時分:運休(乗務員不足)
返金日:2019.9.9
返金額:£2.15(口座振込)


出ました、「乗務員不足」による運休。"Delayed"という表示は、走ってはいるが遅延時分が確定していない場合と、そもそも車両がいない場合があり、後者に当たったようです。私は在線状況を調べて、当該列車が本線上にそもそもいないということを早い段階で見抜いていたので、運休になるだろうと思ったら案の定。でもそれならさっさと"Cancelled"と書いとけという話です。
ちなみに返金額は往復運賃の12.5%…ちょっと不可解な金額でしたが、電話口でバトルするほどのことでもないので諦めました。



6. 最後の旅行

Virgin Trains
発生日:2019.9.5
遭遇駅:Crewe
運行会社:Virgin Trains
遅延時分:67分(車両故障)
返金日:2019.10.19
返金額:£65.40(小切手郵送)


帰国の直前、ウェールズ旅行からの帰り道。夕方の車両故障の影響が拡大し、最後の最後でダイヤ乱れに巻き込まれてしまいました。不穏な空気を察知して指定席を捨て、1本早い列車に駆け込んだのが奏功し、当初の予定とほぼ変わらない時刻にロンドンへ帰れました。ちなみに本来乗るはずだった列車は、午前1時にロンドンに着いたようです。
で、私が乗った列車も30分遅れたので返金を請求出来るのですが、券面に記載された情報に基づいて申請するように駅員から言われたため、結果的には片道運賃の全額分が対象となり、お金が多めに返ってきました。小切手が郵送されたのは帰国してだいぶ経ってからでしたが、たまには良いことがあるようです(笑)



番外編:団体臨時列車

ベーカールー線
発生日:2019.7.9
遭遇駅:Waterloo
運行会社:West Coast Railways
遅延時分:36分(信号故障)
返金日:
返金額:


これは蒸気機関車の牽く団体列車に乗った時のお話。列車はWaterlooの入線自体が大幅に遅れていました。通常の鉄道会社と違い、West Coast Railwaysは団体臨時列車が専門なのでDelay Repayは適用外。ということで、結構な遅れにもかかわらず返金はありませんでしたが、まあこれは仕方がないと言えます。多分不平を言う乗客はいなかったと思います。



おわりに

「新しいものを発明するのは得意でも、その後が続かない」というのがイギリスあるあるで、鉄道も例外ではありません。信頼性も安全性も日本と比べて大きく劣りますが、日本並みのレベルを保っている国は先進国の中でもごく少数であることを考えると、イギリスはまあまあなのかもしれません。鉄道は、イギリス国内を移動するにあたって最も使いやすく楽しい交通手段だとは思いますが、日本にいる時と同じように考えると必ず痛い目を見ます。トラブルも含めて旅を楽しむくらいの余裕が欲しいですね。

(2021.2.15作成、2021.9.7更新)