ロンドン地下鉄その1―利用客のぼやき編
はじめに
ロンドン地下鉄は、1863年に開業した世界最古の地下鉄です。シャーロック・ホームズにも地下鉄の記述が幾つかあるように、まさに大英帝国最盛期に誕生した最新鋭の交通機関だったと言えましょう。現在は11路線ありますが、うち9路線が戦前の開業ですから、いかに歴史が古いかよく分かります(ちなみに、東京の地下鉄で戦前に開業したのは銀座線のみ)。
しかし、栄華を極めた帝国の遺産に縋って生きているのがこの国で、現状は日本に比べるとあまり褒められたものではなく、老朽化に加えて後付けで増やした設備がゴチャゴチャになっているために、ダイヤ乱れが常態化。しかも利用客には全然親切でない部分が多く見受けられます。ということで、まずは利用者視点からロンドン地下鉄を批判的に見てみましょう。
1. 運賃
ロンドン地下鉄は運賃が非常に高いことで有名です。頻繁に値上がりしていて、現在の運賃は初乗りが片道4.90ポンドです。東京メトロは端から端まで乗って310円ですから、その差が非常に大きいことが分かります。物価の差を加味しても、下記に示す通り値段とサービスが全然釣り合っていません。
紙の切符を買っていたら誰でもすぐ破産するので、ほとんどの人はオイスターカードを使用します。しかし、それでもゾーン1内は2.40ポンドですから、まだ相当に高額です。ということで、多くの人は2キロ程度なら歩きます。ちなみに、バスは1.50ポンド均一運賃ですが、都心部は慢性的な渋滞により「ヴィクトリア時代の馬車並み」とも言われる遅さで、定時性の「て」の字も無し。代替手段とするには少々難があります。
紙の切符を使うのは、トラベルカード(一日乗車券)を使う人くらいです。写真は上がナショナルレール、下が地下鉄の駅で買ったもので、各種割引を効かせたのでだいぶ安くなっていますが、それでも気軽に買える値段ではありません。地方からナショナルレールでロンドンに出る場合は、乗車券にトラベルカードが付いたプランがあるので、それを利用する人を時折見かけます。
2. オイスターカード
在住者でも観光客でも、このオイスターカードは必需品。バスは現金を一切受け付けないので、カードは必須です。コンタクトレスのクレジット・デビットカードでも代用が出来ますが、防犯上の懸念に鑑みてやはりオイスターカードを持っておいた方が良いでしょう。ちなみに、一日・一週間あたりの上限額があり、その金額に達した後は何回乗っても運賃が差し引かれませんが、この規則は少々複雑なので上級者向けの機能と言えます。
このオイスターカードは、甚だ不親切なシステムになっています。まず、自動改札機の反応が遅い。1秒くらいタッチして、ランプが緑色になったのを確認しなければいけません。また、比較的大きな駅でも自動改札機ではなく簡易改札機が設置されていることもあり、混雑している場合は見落とさないように注意が必要です。駅によっては中間改札としてピンク色の機械があり、これもタッチし忘れると余計に多く引かれます。複数経路がある場合、日本では最安の運賃を差し引くのですが、この国はそうではありません。
オイスターカードで一番怖いのが罰金です。多くの方がブログ等でオイスターカードのペナルティについて書かれていますが、特に多いのはタッチミス。改札機を通った時点で、入場駅から最も高い運賃をまず引き落とし、出場時に差額を返金するというシステムを取っているので、日本のように改札口で駅員に申し出ても対応してもらえません。一応、ダイヤ乱れや改札機の故障等でやむを得なかった場合は、後日返金の請求が出来ますが、この手続きはかなり面倒です。
もう一つの罰金はタイムアウトです。曜日・入出場ゾーンに応じて細かく時間制限が課せられており、それを超過すると入場・出場両駅からの最大料金が引かれます。私は「紙の切符の入場記録さえ読めない改札機のことだから、少々長くかかっても平気だろう」と油断して、ごっそり取られてしまいました。また、距離が近い駅同士だと乗換駅でなくても通しで計算されることがあり、うっかりすると2行程が1つにまとめられた挙句にタイムアウト…という罠に嵌まります。逆にこの規則を利用し、徒歩を交えてより早く・より安く行く手法もありますが、いずれにせよ事前のリサーチはしておいた方が無難です(Out-of-Station Interchange)。
3. 自動券売機
オイスターカードを買ったり、チャージ(Top up)したりする機械。日本語にも対応しているので、観光客も安心です。チャージの手順が日本と比べて煩雑で、少々注意が必要ですが、画面の指示を読めば簡単に出来ます。一つだけ気を付けたいのは、釣銭が出ないタイプの機械も多いということ。基本的にこの国ではクレジット・デビットカードを使うので、ほとんど気にすることはないのですが、日本人だと現金を使う人も多いですからね。
私がその前に住んでいた2002-03年は、まだオイスターカードが無かったので、現金で切符を買っていました。当然釣銭の有無は非常に大きな問題なので、このような"Exact money only"や"No change given"の表示に注意が必要でした。ところで、この頃は紙の切符でもゾーン1内の移動が1.60ポンドだったのかぁ…そう考えると凄まじく値上がりしたものですね。ちなみに言うまでもないことですが、給料はそこまで増えているわけでは全くありません。
4. 駅の構造
大体エレベーターとエスカレーターのどちらかは整備されているものの、基本的にバリアフリー化は進んでいません。こういった「暗い・汚い・狭い・急」と四拍子揃った螺旋階段もあります。エレベーターが設置されていても、ホームと同じ高さまでは来ないのが当たり前で、結局階段が避けられないケースがほとんどです。電車の車内放送で、"This station has step-free access."とわざわざ言うのは何故かと思っていましたが、それだけ珍しいからなのですね。健常者は普段ならそう困ることはないけれども、スーツケース等重い荷物を持っていると非常に難儀します。
ホームでの乗り降りも気が抜けません。きちんと足元を見ないと、日本ではなかなか無いような大きい段差に躓いてしまいます。JRだと地方路線の駅が未だに客車用の低いホームで、電車の床と高さが合わない例がありますけれども、大都会の地下鉄でこのような「ギャップ」が出来るのは聞いたことがありません。よそ見は怪我のもとです。
更に、都心の中心部でもドアカットがあります。日本だったらホームを伸ばしそうなものですが、ここではドアカットが地上・地下を問わず、ごく当たり前に行なわれています。編成の中程に乗っておけば間違いは少ないでしょう。車内放送でその旨が流れるので、聞き逃さないように。
日本では普及が進むホームドアも、Jubilee線の一部区間にあるのみ。一応他の駅にも取り付ける計画はあるものの、どうせゾーン1内の工事だけでも2020年代には終わらないでしょう。
5. 旅客案内装置
基本的には時刻表というものが存在しません(※)。適当な運行間隔で走らせているので、駅の発車案内には「あと〇分」という表示が出ます(稼働していればの話)。列車の編成は短いものの、本数自体は多分日本よりやや多く、日中でも2-5分おきに電車が来ます。複数の路線と共用のホームを持つ駅も多く、また同じ路線でも支線がたくさんあるので、行先や経路の確認は必須です。(※一応業務用時刻表があるにはあるのですが、普段使えるような代物ではありません)
時々"Check Front Of Train"などという投げやりな表示に出くわすことがあります。そうすると、電車の前面にある行先表示を読まないといけません。1990年代後半以降に投入された電車は側面にも出ていますが、それ以前の電車の場合は入線時に表示を見落とすとアウトです。まごまごしていると、15秒の停車時間はすぐに過ぎてしまいます。ぶっちゃけ、旧型車両だと前面表示が故障していることも多いので、そういう場合はお諦め下さいってところでしょうか。
また、以前私は路線を取り違えて意味不明な表示で入ってくる電車に当たりました。発車案内は例によって"Check destination on front of train"です。こういう時はどうしようもないので、潔くあきらめて1本待つのも手。
行先や経路が突然変更されることも時々あります。乗っている電車の走っている路線が突然変わって、全然違う駅に連れて行かれたことがあります(例えばCircle線がHammersmith & City線になるなど)。変更時もごく簡潔で聞き取りにくい放送一つだけで経路を変えるという理不尽さ。"London Underground apologises"と三人称のsにアクセントを置くのも実に嫌らしく、運転士が「俺のせいじゃねぇんだぞ」と暗に主張しているとしか思えません。もちろん、乗り換えの案内などは一切ナシ。
車内は大変に進歩しました。今ではどの車両にも電光掲示板や車内放送のどちらかが設置されています。特に、最新鋭のS7・8ストックや2009ストックは非常に詳細な情報を流すので、初めて乗ったときは感動しました。ただ、騒音が激しいことから、頼みの綱の放送が聞こえないこともしばしば。
6. 保線とストライキ
日本では珍しくなったストライキもこの国では今なお多く、時たま直前で回避されることもありますが、大体は決行されます。で、当然と言えば当然なのでしょうけれども、利用客に大きなダメージのあるような区間が選ばれています。田舎の盲腸線だけを止めていた国鉄JRの某労組が親切に思えて来ます。
それとは別に、定期的な保守点検で週末に幾つかの路線が終日運休となることも多く、毎週張り出されるお知らせを必ずチェックしておかないと、いざ出かけようと思ったら駅が開いていない…なんてことも。他の路線やバスが発達しているので、迂回路を探すこと自体は別に難しくないのですが、人と待ち合わせをしている時などに当たると焦ります。一部の線区では金曜と土曜に終夜運転(Night Tube)をやっているのですが、その代償で昼間に電車を止められるというのは納得いかないですね。
7. 車両
車両については次頁で詳しく取り上げますが、簡単に言うと大型車と小型車に分類され、11路線中4路線(Circle, District, Hammersmith & City, Metropolitan)は大型車による運行です。大型車は全てが2017年までに新型車両に置き換えられたので、冷房付きで居住性もまあまあです。しかし、小型車は全車両が非冷房で居住性も非常に悪く、特に夏場は熱がこもって体調不良者が続出します。外見はなかなか可愛いですが、乗客にとっては時に苦行となります。
小型車の場合、日本の地下鉄と違って車両間の行き来は出来ません。換気のために妻面の窓が開けられていることもありますが、トンネルの空気が大変に汚いので浴びないほうが良いでしょう。地下鉄に30分ほど乗った後に鼻をかむと、ティッシュが真っ黒になる酷さで、健康への悪影響は想像に難くありません。
ちなみに、加減速性能は間違いなく日本のどの電車よりも高いです。例えば、小型車両最新鋭の2009ストックは東京の地下鉄車両の1.5倍近い加速性能を誇り、阪神のジェットカーよりも高い数値です。しかし乗り心地は凄まじく、騒音も相当なものです。
(2020.12.4作成、2021.8.13更新)